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  • 円山町の姫は贅沢のつまみ食いがお好き〜姫にぎり食レポ〜

    私は「頑張った自分にご褒美」ということをしたことが一度もなかった。学生時代、周りの友人は試験勉強を頑張ったから、ダイエットに成功したから……と何かを理由をつけて自身に「ご褒美」を与えていた。内容は様々だ。新しい洋服、デパコスを買うなんかは定番で、グレードが高い「ご褒美」になるとエステに行ったりちょっとした旅行に出かけたりという具合になる。「ご褒美」のために目標を設定し、努力をする彼女らは楽しそうだった。でも、私はしなかった。

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    というのも、ゴールが何であれ努力をすることは当たり前であり、そのことに対して「ご褒美」を与えるのは自分を甘やかしているのと同じだという感覚がどうしてもつきまとっていたからだ。さらに、私の努力はその当たり前の基準にも達していない未熟なものだと思う節がある。当たり前を満たせない努力を肯定してしまっては自分のためにならない、現状に満足するのではなくさらに高いレベルを求めないといけない、という考えは結果ばかりを求められる社会人になってから一層強まっていくばかりだった。

     しかし、そんな私にも転機が訪れる。きっかけは先月に同僚と2人で飲みに行ったときだ。その同僚は私と同様に営業課に所属する数少ない女性で、もはや戦友と表現したほうが正確かもしれない。飲みの時くらいは仕事のことを忘れたいものだが、酒も入っていたこともあって仕事のちょっとした愚痴を互いにこぼしていた。その日、私はノルマ達成率が芳しくないことを上司から指摘されていた。今まで通りの営業をしてきたはずなのに、どうしてここにきて突然結果が出なくなったのか焦っていたし、それを上司から指摘されたことでますます追い詰められた心地がしたのだ。

    「そーいえばさ、どう考えても今月ノルマ落としそうなんだよね」

    普段の私ならこんな情けないことを同僚相手にこぼすことはない。けど、この時の私は気持ちに余裕がなかった。

    「えー珍しいね、今まで落としたことなかったよね?」

    そう、これまで私はノルマを落としたことがなかった。そのためなのか、課されるノルマは次第に増えていった。

    「うん……でもさすがに今月はキャパオーバーというか、頑張れば頑張るほど空回りするというか、そんな感じ」

    薄々気づいていた。今までの自分の努力だけでは太刀打ちできない壁が立ちはだかっているということに。ただ、どうすれば今以上の自分になり、壁を越えられるようになるかはわからなかった。

    「……頑張りすぎなんだと思うよ、ずーっと気を張っていたら疲れちゃうもん。少しリフレッシュする時間を作ってみたら?」

    「うーん、頑張りすぎなのかな……結果を出せてないなら休む暇なく頑張らなきゃって思っちゃうんだよね」

    「逆じゃない?結果を出すためには気分転換して疲れをとらないと、全力の頑張りができないじゃん?」

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    この言葉に私は目からウロコが落ちる気がした。リフレッシュや休みの時間は悪である、という意識がいつのまにか私の中に潜み、そしてそれが私の首を絞めていたという簡単なことにようやく気付かされたからだ。

    「た、確かに……」

    あまりの衝撃に私はこれしか言葉を返せなかった。ただ、休むとはいってもそう簡単に休めるものでもない。仕事が行き詰まるたびに休みを取るのは非現実的である。どうすればいいんだろう、と考え込むと彼女は続ける。

    「ま、休むまではいかなくても、ゆっくり贅沢する時間を作ってあげるだけでもだいぶ変わってくると思うよ。例えばちょっと豪華なランチを食べる!とかさ。私もよくするよ、『最近頑張り続けているご褒美のランチ』って感じで」

    「ランチで『ご褒美』かぁ……確かにご飯を食べる時間も惜しくてコンビニで適当に買ったパンとかサラダしか食べてなかったけど、それくらいなら私でもできるかも」

    「でしょ?ご飯の時間くらいゆっくり好きなものを食べて贅沢するくらいがちょうど良いよ。食事しながら気分転換できるって効率も良いし、一番手軽なリフレッシュ方法だと思うよ」

    この会話をきっかけに、私は少し贅沢なランチをしようと決めたのだ。しかも、頑張り続けている自分への「ご褒美」という形でだ。ただ、恥ずかしいことに私は仕事のことばかり考えて生きてきた人間だったため、同年代と比べランチの美味しいお店に疎かった。それを知ってか知らずか、同僚はオススメのお店も教えてくれた。

    「営業の担当エリア、渋谷でしょ?私、良い店知っているからそこ行ってきなよ」

    飲みの後、彼女は丁寧にも店のURLを送ってくれた。開くと円山町わだつみ、という料亭が出てきた。ホームページを見るだけでも格式高いというか、大人のお店である雰囲気が十分に伝わってくる。本当にこのお店がランチ営業をしているんだろうか。そもそも、こんなお店にOLの私が行っても大丈夫なのか……という不安が一瞬よぎったものの「贅沢をしに行くんだから怖気付くな」と言い聞かせる。それにしても、渋谷にこんなお店があるなんて全く知らなかった。どこにあるのだろう、と地図を見たところ、ホテル街として知られているエリアにお店があることを知った。どおりで知らないはずである。外回りでそっちの方に赴くことはないし、渋谷と聞いて一般的に思い浮かべるようなところから少し外れたところだからだ。彼女はどうやってこの店を知ったんだろう……と少し気になったがそんなことはなんだって良いのだ。とにかく、「贅沢なランチで自分にご褒美」をするには申し分のない店であることは間違いなさそうだった。

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     店に行ってから何を食べるか決めるのでも良いのだが、こういうお店はランチにどんな食事を出すのかとても気になる。地図からランチ紹介のページに移動すると、和食懐石をベースとしたランチの紹介がパッと表示される。さすがランチメニューもレベルが違うな……と思いながら下の方にスクロールしていくと、あるメニューでスクロールする指が止まった。それがわだつみ名物「姫にぎり」だった。季節のネタを使用し、小さい24貫の握りと一品、お椀がつくというメニューで、値段は2000円と紹介されている。率直にいうと、2000円という値段はランチとしては結構高い。普段の私であれば絶対に食べない。しかし、「ご褒美」のランチメニューとして選ぶなら、不思議なことに高いと感じなくなる。何よりランチに寿司を食べるのは非常に魅力的だ。しかも、普通の握りではなく姫にぎりである。小さいサイズの握りは珍しいし、それだけたくさんの種類のネタが楽しめるのは贅沢以外の何物でもない。黒毛和牛のひつまぶしというメニューもかなり気になったが、今回は姫にぎりを選ぶことにした。どうやら、姫にぎりは予約しないと食べられないメニューのようだ。知らずに店に行っていたら食べられないところだった。そうと知ればやるべきことは一つだ。私は早速、仕事のスケジュールと照らし合わせ、円山町わだつみへ行く日を決め、姫にぎりの予約を済ませた。あとは当日を楽しみに待つだけだ。いつもと違うランチをすると決めただけなのに、何か大きなことを成し遂げたような気すらした。

    そして、自分に「ご褒美」をあげる日が来た。予約してから今日までの一週間、私はモチベーション高く仕事が出来ていた。これは思わぬ「誤算」だった。実は、姫にぎりの予約をした後、ほんの少し罪悪感があった。求められてる結果を出せていないのに、贅沢をする資格なんてないという考えがまだ残っていたからだ。けれど、同僚の「結果を出すためにはリフレッシュが必要」という言葉と、「もう予約してしまったんだから、もし罪悪感を感じるなら感じなくなるくらいの働きをこれからすればいいだけの話じゃん!」という考えが私を後押しした。なにより、単純に美味しいものが食べられるから頑張ろう、気持ちになれたことが意欲的に働けた大きな理由だろう。現状打破の道筋がわからない中で結果を出すために頑張るのは正直しんどい。楽しみなランチを心置き無く楽しむためにまずは目の前のことを着実にこなそう、と思えることのほうがよほど今の私には効果的だったのだ。

    だから、結果云々よりもまずは自分にとって苦しい状況でも頑張り続けること自体を認めることは大事なんだな、と素直に思えるようになった。ランチを食べていないうちからこんなにプラスに作用するなら、うまく「ご褒美」をあげることはとても理にかなってることなんじゃないか。こう思えるようになったのは、私にとってかなり大きな変化だった。

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    今日は、ランチ前後のスケジュールにゆとりをもたせた。せっかくの「ご褒美」なんだから、時間を気にせず握りを味わうためだ。準備は万端だった。午前中のタスクがひと段落つき、時計を見るとちょうど店に向かい始めるのにちょうど良い時間となっていた。親切なことに、わだつみのホームページには、店に来るまでのルートが写真付きで掲載されていたため、その案内通りに店へ向かった。店のある辺りに着くと、すぐにあそこがわだつみだ、と気付けた。長い歴史を静かに語りかけてくる日本家屋の建物は、これから訪れる上質な時間を約束してくれるように思えた。私はひっそりと佇む隠れ家へ足を踏み入れた。

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    昼時の飲食店といえば、てんやわんやしていて慌ただしいものだが、わだつみに喧騒という言葉は似合わなかった。店の扉を開けて広がっていたのは、昼時とは思えないほど閑静な空間だった。しかし、それは決してマイナスなものではなく、むしろ閑静であることがわだつみにとっての正解であると直感で理解した。 私は中庭を臨めるテーブルに座らせてもらった。夏の間は緑鮮やかで涼しげな顔を見せている。これが秋になると紅葉した葉が池を黄や橙に染め上げ、寒さ厳しい冬を耐え抜くとうららかな日差しのもとで桜が咲くそうだ。四季の移ろいが楽しめる庭があるお店は、なかなか珍しいのではないだろうか。ひんやりとしたおしぼりで手を拭き、ほっと一息つく。姫にぎりは私の来店タイミングに合わせて板前さんが握ってくれる。握りが机に運ばれる瞬間まで私の期待は膨らみ続けていた。お店に入った時から温かい酢飯の匂いが私を包みこんでおり、それがまた私の空腹感を増幅させていた。

    席についてちょっとした頃、「お待たせいたしました、姫にぎりでございます」という声とともに姫にぎりがついに私の目の前に姿を現した。その瞬間、思わず「えっ」という声が漏れ、自然と口角が上がってしまうのを感じた。なぜなら、一つ一つの握りが宝石のようで、それらが綺麗に一枚のプレートの上に散りばめられていたからだ。

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    食べるのがもったいないくらい丁寧に作りこまれた握りは芸術作品のようにすら感じた。しかし、握りはネタの鮮度が一番だ。出来立てのうちに食べないともったいない、と思い箸に手を伸ばす。24種類もあると、どの握りから食べようかとても迷う。もしかして、この握りの並びは食べて欲しい順に並べてあるのかもしれないから端の列から食べたほうが良いのかな……なんて悩んでいると、先ほど姫にぎりを持ってきてくれた板前さんが私のところへ戻ってきた。その手にはお椀があった。

    「こちらが本日の季節のお椀になります。よろしければ本日の姫にぎりのネタの紹介をさせていただいてもよろしいでしょうか?わだつみのランチの握りは日によって何を握るかが変わるんです。だから、昨日の姫にぎりと今日の姫にぎりではネタの内容が違うんです」

    これには驚いた。確かに、ホームページには季節のネタを使用した握りと書かれていたが、例えば夏と呼ばれる数ヶ月間はずっと同じラインナップの握りを出しているものだと思っていた。しかし、実際は毎日異なるものを出していると言っている。まさに今日しか味わうことのできないランチのようだ。

    「ぜひお願いします。夏の旬ネタの握りはどれになりますか?」

    「今日の握りにも使用していて特にオススメな旬ネタは新子ですね。ハタやキス、イワシも美味しく頂けます」

    そう言いながら握りを指して紹介してくれた。旬、しかも板前のオススメと聞くと一層美味しそうに見えるのは私だけじゃないはずだ。

    「新子!いいですね。旬の握りってバラバラに並べているんですね。この握りの並びには法則があって、食べる順番とかも決まっているのかなって実はちょっと思っていたんですけど」

    「いやいや、法則なんてないですよ。食事って、味だけじゃなくて見た目で楽しめるのも大事だと思ってるので、色のバランスを考えて配置しています。それに、食べる順番とか気にして食べると疲れちゃうので、好きなものを好きな順番で食べて楽しんでもらうのが一番ですよ」

    板前さんは笑いながらそう答え、調理場に戻っていった。姫にぎりは日によって変わる仕入れの魚や季節感、そして皿に並べたときの色のバランスまで計算した上でその日店にあるネタでベストなものだけを選び、握ってお客さんに提供しているそうだ。芸術作品だと思ったのもあながち間違いではなさそうだ。

    好きな順番で食べていいと分かり、旬ネタも把握したところでついに握りを口にするときが来た。旬のネタから食べるのも良かったがまずは、一番端にあるイクラから食べることにした。箸で握りをそっと掴み、少し醤油をつけ、ゆっくりと口に運び、咀嚼する。その途端、プチッとイクラが弾け、甘みと酢飯の程よい酸味が広がる。それでいて嫌な生臭さを微塵も感じさせず、上品な味だけが握りという形でまとまっていたんだと知る。握りのサイズも、普通の握りよりも小ぶりのため大口を開ける必要がないため、女の私でも食べやすい。24貫という数も、聞くだけだと多すぎるような気がするし、かといって小さいサイズなら満足いく量には足りないのかもしれない……と少し心配に思っていた部分もあったが、この大きさなら飽きずにいろんな種類の贅沢をちょっとずつつまみ食いする感覚で、でもしっかりお腹を満たすことができると確信した。何よりも、口の中で広がるこの美味しさは普通の握りと同等、いやそれ以上のインパクトであった。次は板前さんがオススメしていた新子を食べよう、その次は私の好きなマグロにして、その後は……と、イクラを皮切りに自分の気の向くままに握りを選び、どんどん食べ進めてしまった。それは、いつものように急いで食事を済ませようとしてそうなったわけではない。握りを口に運ぶごとに、先ほどまでとは違う味わいで私を楽しませてくれ、早くまだ知らない新たな味わいを知りたくなってしまったが故のものだった。食感、風味、味はどれも繊細な違いだが、それらは皿の上で唯一無二の味わいであり、同じものは二つとなかった。働き始めてからは、とりあえず食べ物をお腹に入れるという無味乾燥な食事ばかりしていたため、しっかりと目で楽しみ舌で楽しむ食事は本当に久しぶりだった。

    握りを半分ほど食べたところで、お椀の蓋を外した。ふわっと湯気が立ち、出汁の香りが鼻をくすぐる。このお椀にも季節感が添えられているそうだが、一見するだけではまだわからない。まずは一口、と思いお椀を持ち、口元に寄せた。先ほどまで淡白な握りを楽しんでいた舌に順応する、これまたシンプルで上品な出汁の香りが温かさと共に口内を満たす。それに加え、かすかな苦味もじんわりと舌に伝わってきた。けれど、それは嫌な苦味ではない。むしろぼんやりとしがちな味に輪郭をつけるような、アクセントとして一役買った苦味に感じた。夏を感じさせる苦味といえばもしかして、と思い箸で具材をすくってみると、細く切られた緑がそこにはあった。そう、苦味の正体はゴーヤだった。ゴーヤを使ったメニューは沖縄の大衆食堂やら居酒屋でない限りあまり見かけないように思う。ゴーヤの苦味を苦手とする人が多いのも店がメニューとして取り扱わない理由の一つなのかもしれない。けれど、わだつみではあくまでメインの姫にぎりをより楽しめるような名脇役であるお椀の中にゴーヤを使っている。ゴーヤは主役ではないものの、季節感を演出するために、味の引き締めのために間違いなく欠かすことのできない食材として生かしてた。ランチのメニューでここまで凝ったものを出すお店はさほど多くないのではないだろうか。お椀一つにしてもここまで感心させられるとは思っていなかったため、来店してから驚きとワクワクの連続だった。もう一口飲んだら、空腹感も少し落ち着いてきた頃だし、残り半分の握りは幸福を噛みしめるように、じっくり食べよう。そう思った。

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    この日、わだつみを出たのは来店してから一時間半後のことだった。姫にぎりは最後まで私の味覚に新しい刺激を与え、そして喜ばせた。時間を気にせず自分のペースで楽しむ食事は、こんなに満足感を得られるものなのか、と初めて知った私はもはや軽い感動のようなものを胸に店を後にした。ランチなのにゆったり過ごせたのはわだつみだからこそ実現したのだろうと思う。視覚、嗅覚、味覚をフルに使って目の前の食事を楽しんでいた間、私は食事に真剣であり、夢中だった。だから、わだつみにいる間は本当の意味で仕事から解放され、悩みやネガティブな考えを忘れることができた。そして、それは食事中の時だけではなかった。店を後にした私は、美味しいものを存分に食べたし、また頑張るぞ!という前向きな気持ちとともに歩みを進めていた。人間、単純なもので美味しいものを食べるなり、気が済むまで寝るとかすれば、それまで深刻に思い悩んでいたことが途端に小さく些細なものだと捉えられるようになる。悩み続けたからといって事態が好転するわけじゃない。それなら、一旦悩みを置いておいて、悩んでいる自分を労う意味でも贅沢な時間を作り、心に余裕を持たせることが必要なんだと贅沢なご褒美ランチから学んだ。また気持ちを引き締めて、自分のできることから頑張れば良い。それでまた壁にぶちあたったら、その時はまた気分転換をすれば良い、それだけの話だ。

    新宿の繁華街で女王だった林檎の歌姫も、贅沢は味方だと歌っていた。それなら、私だってたまには円山町で姫となったって許されるに違いない。