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  • 気持ちを伝える温かいギフト、宝楽焼〜外国人接待の場合〜

    社会人になってからこれまで、僕は幾度も接待というものを経験してきた。新入社員だった頃、上司の付き添いとして接待に参加しただけでも緊張による精神疲労が甚だしかったが、今となっては先方やシチュエーションに合わせた店選びは苦労することなく行えるようになったし、コミュニケーションを楽しむ余裕も生まれてきた。しかし、昨日の接待はレアケースだった。なんせ、相手はニューヨーク本社の人間、アンディだったからだ。この話を持ちかけられた時こそどうしようか焦ったが、無事和やかにことを運べたので備忘録として今回の流れを書き残しておこう。今後同様の接待に臨む後輩のためになれば幸いだ。

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    ここ数年、僕が勤める東京支社は全体的に伸び悩んでいる他の支社と違い、圧倒的に業績が良い。さらなる事業規模の拡大を目論んでいた本社はこのタイミングで東京支社の視察を行うことで業績が好調なワケを探り、それを今後の戦略に生かすことに決めたのが事の発端だった。視察自体は東京支社の偉い人が対応することになっていたが、視察最終日に行われる接待は少し事情が異なっていた。というのも、「上層部の人間ではなく実際に現場で働き、業績アップに貢献している一社員と直接会話がしてみたい」というアンディの希望で、幸か不幸か僕も接待に参加するよう命じられ、加えて店選びも任されたのだ。さらに、アンディはいたく日本のことが気に入っているようで、プライベートで何度も観光しに来たことがある、と聞かされていた。その言葉からはなんとなくプレッシャーのようなものを感じ取っていた。

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    となると、「接待ならこの店に行けば間違いない」というお店を選ぶのはどうも気が引けてしまう。日本という国や文化を気に入ってくれている外国人が相手なら、いつも以上に特別な接待にしたいと考えるのは自然だ。僕が接待と聞いて瞬時に思い浮かべた店は、良くも悪くも無難であり、せっかくニューヨークから東京まで足を運んでくれたアンディを連れていくお店として選ぶにはイマイチ決め手に欠けていると考えたのだ。僕個人の考えだが、接待を義務感で行ってしまうのはもったいないと感じる。ビジネスの一環であることは間違いないが、杯と言葉を交わしながらビジネスパーソンとして、一人の人間として互いの信頼関係を築けることは理にかなっているんじゃないかと思うのだ。殺風景な会議室で肩に力が入ったまま対話するよりも、美味しい食事体験を共有しながらざっくばらんに話せる方がよほど打ち解ける。自分たちはもちろん、相手にとって心地よい時間を作り上げることができるような店選びができればもう何も言うことはない、という結論をこれまでの経験から導き出していた。

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    だから、店を選ぶよう言われた時、接待を通して東京支社に対する好印象を残すことはもちろん、アンディがますます日本のことを好きになってもらったうえで帰国してもらえるような場を提供したい、と考えた。こう口で言うのは簡単だが、実際そこまで条件の揃った店を限られた時間内で探し出すのは手間がかかる。しかし、外国の方に喜んでもらえるようなコンセプト、それでいてビジネスの接待に向いているという絶妙なお店を僕は知っていた。入社してから3〜4年経ったあたりの時期には接待の重要性を体感しており、いつでも万端なセッティングができるように多くの引き出しが欲しいと若かりし頃の僕は思っていた。そういうわけで都内にある接待向けのお店を暇さえあれば調べていたあの頃の僕のおかげで、店選びに苦労することなく済んだ。

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    今回僕が選んだ店は渋谷にある円山町わだつみというお店だ。渋谷、と聞くと若者の街というイメージが先行してなかなか接待の候補地として挙げることは少ないかもしれない。しかし、円山町わだつみは日本家屋という店構え、季節によって表情を変える中庭、そして個室としてはなれが用意されているという本格っぷりだ。一言で表すなら、日本の古都を肌で感じさせるような空間なのだ。これだけでも他の店とは一線を画しているのだが、わだつみを選んだ最大の理由は宝楽焼にあった。

     

    宝楽焼とは愛媛来島の伝統的な郷土料理だ。海の幸を土鍋に詰め込み、蒸し焼きにして食べるのだ。海に囲まれた日本らしい郷土料理だが、加えて”勝戦”の意味もある縁起物としての料理でもあるため、接待にもってこいなのだ。しかし、愛媛の郷土料理ともなると、関東で宝楽焼を出しているお店はなかなか見かけない。宝楽焼でなくとも接待で喜ばれる料理は他にもあるが、他のお店でも出しているような料理よりも珍しい料理を手配したほうが相手にとっても目新しいし、それを何気ない会話の糸口にすることだってできる。だから、僕は宝楽焼を提供してくれる数少ないお店としてわだつみを記憶していた。しかも、わだつみの宝楽焼はただの宝楽焼ではない。なんと料理長が筆をとり、土鍋の蓋に直接メッセージを記してもらうことができるのだ。

     

     

    居酒屋やレストランで誕生日や記念日を祝うためのメッセージプレートを用意する演出を見かけたことがあるだろうか。チョコレートソースで文字やイラストが描かれており、それにデザートが添えられていることが多い。突然何も知らされずにそんなプレートが提供されて笑顔をこぼす人を見かけたり、自分が笑顔になった経験がある人は多いのではないだろうか。宝楽焼の鍋に書くメッセージも、そんな温かみに溢れたサプライズを彷彿とさせる。特に、食器である鍋蓋に直接字を書き込むことで、自分のためだけに用意された特別な料理、という印象を与えることができる。今回、僕もある四字熟語を蓋に書いてもらうよう事前にお願いしておいた。外国人の方は漢字が好きだということを聞いていたので四字熟語を書いてもらおう、と決めてからいくつか候補をあげ、そこから悩み抜いてある一つの四字熟語を選んだ。このことについてはまた後ほど触れよう。

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    そして、目利きの料理人によって選び抜かれた海の幸は金粉でおめかしされて、蓋が開くのを今か今か、と鍋の中で鎮座しているのだ。伝統的な料理といえど、それは決してただ古くさく野暮ったいものではないのだ。金粉が加わることで、卑しさを感じることのない、磨かれた豪華な料理へと姿を変える。きっと、誰もが蓋を開けた時に宝楽焼が縁起物と言われる所以を理解するだろう。そして、そんな料理を口にする時は決まってその人が重要な節目を迎えていることに間違いない。今回も事業拡大のために行われた視察だったのだから、まさに会社としては大きな分岐点であるといえる。つまり、宝楽焼を接待で出さない理由がないのだ。こういうわけで僕はわだつみで今回の接待に臨んだ。

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    当日、僕は接待に向かうまでは別のスケジュールが入っていたため、店の前で直接集合することになっていた。集合時間の10分前に僕は店の前に着いたが、すでに同席する上司とアンディの姿が見えていた。彼は僕を見つけるなりにこやかな笑顔を浮かべながら会釈した。「オ疲レ様デス、コンナ素敵ナオ店ヲ用意シテクダサッテアリガトウゴザイマス」と、片言ながらにも日本語で感謝の言葉をかけてくれたアンディのおかげで、いくぶん緊張の糸が緩んだのを覚えている。「いえいえ。アンディこそ東京までの長旅と連日の視察でお疲れでしょう」そう返しながら僕らは渋谷にひっそりと佇む日本家屋へと足を踏み入れた。わだつみの入っている日本家屋には、他にも何店舗かお店が入っていて、わだつみに入るまでに回廊を通る必要がある。日も暮れており、ぼんやりと橙に灯された回廊は幻想的で、僕らの来訪を温かく歓迎しているようだった。だから、店に入るまでのちょっとした距離でアンディの心を掴むのは容易かった。彼の瞳がキラキラしていたのは回廊の灯りを反射しているだけではないだろう。この段階で接待は半分成功したようなものだった。

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    今回は普段以上に気合を入れていたので、しっかり個室であるはなれを予約しておいた。はなれは完全にプライベートな空間であるので周りを気にすることなく過ごすことができる。はなれの戸を開くと、アンディはもちろん上司までもが「おぉ、なかなかすごいな……」と驚きを隠せない様子を見せた。はなれはカウンター席が6席用意されており、僕らのために料理長が目の前で旬の食材を用いて調理をしてくれるのだ。料理長の背後にはなにやら骨董品が並んでおり、古き良き日本の伝統を感じることができる。あらかじめ懐石料理のコースを出してもらうことになっていたので、席に着いてからは何の料理を頼もうか、と頭を悩ませる必要もなくアンディとのコミュニケーションに集中することができた。周りに他のお客さんがいないため、騒がしくて相手が言ったことが聞き取りにくいということもなかったし、社外の人間に聞かれると少しまずいような重要度の高いビジネストークも気兼ねなくすることができた。

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    こちらのペースに合わせて提供される懐石料理はさすがのレベルの高さで、素材の持つ風味や味を存分に楽しむことができた。料理に合う日本酒も用意してもらっていたので、どんどん酒が進む。アンディも日本酒がいける口だったようで、下手したら僕よりも飲んでいたかもしれない。アルコールが入ったことで互いに軽い冗談を言い合えるほどにリラックスしていた。アンディは店の前に着いてから食事に至るまで常に感激続きのようだった。そのおかげで仕事とは関係ない懐石料理のことだったり日本の文化に関するアンディからの質問で会話を膨らませることができた。この段階で彼の満足度は高かったんじゃないかと思う。しかし、本番はここからであった。そう、宝楽焼である。

     

    「東京支社カラ多クノ可能性ヲ見出セタノデ、コレヲ無駄ニシナイヨウNYニ持チ帰リマスネ」

    どうやら今回の視察はかなり収穫があったようで、有意義な試みだったと評価しているようだった。飲み始めてからそこそこ経ち、ゴキゲンなアンディが一旦お手洗いへ席を外したタイミングで僕は料理長に「じゃあ、お願いします」と告げた。料理長は頷き、先ほどからさりげなく準備を進めていた土鍋をアンディの席へ出した。その蓋には僕が頼んでおいた通り、「一路順風」という四字熟語が書き込まれていた。上司にも宝楽焼のことは言っていなかったため、「これはなんだ?」と言いたげな表情を僕に向けてきた。僕はそんな上司に対し、ただグッと親指を立てて見せるだけだった。

     

    そうこうしているうちにアンディが席に戻ってきた。当然、さっきまではなかった鍋が自分の席に置かれているので何が起きているのかわかっていない様子だった。「アノ、コレハ……」そこで僕はこう言った。「アンディは確か明日の昼過ぎにニューヨークへ帰るんですよね。アンディが無事に帰国できますようにという願いと、今後我々の会社が良い方向へ進んでいくように、という願いの二つを込めた特別な料理を僕のメッセージとともに用意させてもらったんです」アンディはこれを聞いた瞬間、心の底から嬉しそうな表情を浮かべ、「ワザワザ僕ノタメニ、本当ニアリガトウ」と何度も繰り返した。そして、蓋に書かれているのが四字熟語であると気づいた彼はスマホで記念撮影をしていた。きっとこの時、ビジネスパートナーという関係を超え、フレンドシップで僕とアンディの心が繋がったんじゃないか、と信じている。僕はアンディに木槌を手渡した。「これは宝楽焼っていう伝統の郷土料理なんです。ぜひ、蓋をこの木槌で割って鍋の中身を確認してみてください」アンディは頷きながら木槌を受け取り、そして蓋めがけて振り下ろした。パリン、と鍋が割れると同時に場の空気は高揚した。割った蓋を取り除くと、料理長が丹精込めて仕上げた海の幸が姿を現した。豊かな香りが鼻腔をくすぐる。アンディは器用に箸を使って一口、もう一口……と食べ進めていった。食べている間、アンディはずっと柔和な表情を浮かべていた。

     

    アンディは宝楽焼を食べ終える頃、満足げにこういった。「ゴチソウサマデシタ。今日頂イタ料理ハドレモトテモ美味シカッタデス。デモ、最後ノ宝楽焼ガダントツデシタ。僕ノタメニ用意シテクダサッタトイウ心遣イ、メッセージガ味ノ中ニ染ミ込ンデイマシタ。コレが日本ノ『オモテナシ』ナンデスネ。今夜ハ素敵ナ時間ヲアリガトウゴザイマシタ。マタ日本ニ来ルコトガアッタラ宜シクオ願イシマス」僕は内心ガッツポーズをしていた。そう、アンディからの言葉は接待が大成功を収めたことを意味していたからだ。「それは何よりです。こちらこそ、今後もよろしくお願いします」こうして僕は彼と握手を交わし、無事に接待を終えたのであった。

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